作成者別アーカイブ: chate

[近況報告] 凹んでるとかキミの気のせいですから。

そういえば最近、
特に旧知の知人に限って、
ポツンと思ったことを文字にしたら、
凹んでんのか扱いされることが多い。

えーと。
わりとあーでもない、こーでもないと、
アタマの中で裏表して、整理しているだけなので、
文字書いてる場合の本人状態は、どっちかっつーと、
内容の如何にかかわらずフラットなのでありますが…。

暗いのかねぇ。文字面は。


よく自分自身を
「八方美人な人見知り」だとか
「人当たりのいい人間不信」だとか言ってるんだけど、
実のところはそれほど他人と打ち解けないワケではないと思う。

ただ、どーにもこーにも相手様の御機嫌を損ねるのが苦手で、
当たり障りのない方向を選びがちなせいなのか、
chateさんの他己認識と自己認識の隔たりは、
まああるかと思ったりするワケです。

喋ってると能天気扱いしかされない辺りに、
じつは原因があるのかもしれないなーとか、
思ったり思わなかったりもします。

例によって例のごとく、
別に治す気ないんだけど(ぉぃ

幸せになるのが難しいとはあまり思わない。

でも、ひとりだと難しいんじゃないかって気が、
どうしてもしてしまうんだ。

おいしいねとか、たのしいねとか、
そんなことをニコニコ話すだけで、
単純にしあわせ満喫できるタイプだからかな。

しんどいねとか、やだねとか、
ネガティブな感情だってシェアすれば、
なんてことない事のよにさらっと流せるしさ。


だけど。

ふたりでいるのにひとりぼっちより、
ひとりでいるからひとりぼっちの方が、
いいじゃんねって気もしてしまうんです。

ひとりでいてひとりなのは当たり前。
ひとりじゃないのにひとりなんて、
できればもう経験したくない。

[戯言] アンバランスなバランス

喜怒哀楽のバランスがわりいなとは前々から思ってるけど、
別に治そうとかは思っていなくて。

楽は誰にでも。
喜は状況に応じて。
怒はそのパワーを持てる親しさの人に。


哀はどこか他人を巻き込みそうで、
できることならば近親者ににすら、
見せたくないなぁとか。

哀しいとか心配させるだけな気しかしないし。

そんなワケでできれば秘しておきたいから、
泣くのは自分より信頼できる人の前でだけ。
そんな感じがいいなぁと思うワケです。

極論だけど、
何をするかより、
何をしないかが大事なことがあると思っていて、
それは例えば、恋愛だったり友情だったり、
人間同士のお付き合い的な場面において。

どれだけ心を尽くした親切をしめされたとしても、
「やだ」ってことをされたら、
関係性は築けない気がする。


別に誰かの好意や行為を否定するものではなくて、
それはそれでとても有り難かったりするし、
最終的に判断を迷うこともあるけれど。

ただ、
何かをしてもらったことより、
もっと単純な好悪の情が勝つんだと思う。


ボクはどちらかというと
世の中にはいろんな人がいるよねぇ派だし、
自分に実害がない限り特にアクションする気がないし、
出来れば面倒なことには関わりたくないものぐさで、
知らないことはないことにできる程度に軽薄だ。

ただ心の中にふたつの枠と、
たくさんの壁があるとは思う。

外側の枠は抵触することが許されない枠で、
内側の枠は自分が納得できるかできないかの枠で、
外枠を外すタイプには出来得る限り関わりたくないが、
内は単純に引っ張りだされなければそれでいい。

たくさんの壁はただの臆病心で、
マトリョーシカみたいな壁の中で、
自分を守っているだけのものだと思う。

それは、こちら側からひとつひとつ開くこともあるし、
あちら側から上手に入ってきてくれることもあるんだけど、
性急なやり方はどちらかというと苦手なので、
自然に開く方法論ならそれでいいなと思う。


欲しいモノも、
欲しい言葉も、
やりたいこともそれほど多くない。

この人は大丈夫みたいな、
安心感が欲しいだけなのかもしれない。

何かを内に取り入れるときに、
フィルターは自分しかないと思うんだな。

別に何かを否定するものでもないし、
誰かの気持ちを疑うつもりもないけど。
ただ、想像できる範囲という意味で。
単純に理解の方法論という意味で。


私は優しくはないけれど、
悲しいことが多かった人なので、
ただ、悲しいを共有することができる。

して欲しかった、
わかって欲しかった、
そんなことしか共有できないけれど、
自分の想像すらできないことをした人を、
尊敬するし、敬愛するし、抱きしめたいなと思う。

自分が虚ろな分だけ、
他人を称賛できる。
自分が経験不足な分だけ、
他人を敬愛したい。

一人で泣くのは嫌だから、
泣いてる人の傍にいたいし、
他に何もできると思わないから、
ただ黙って寄り添いたいと思う。

要するに、手札は皆無なボンクラだけど、
何かに対峙する時に、自分が誰かがいて欲しかったので、
何もできないけど、とりあえずここにいますよ程度の路傍の石。

そんな感じの立ち位置でよければ、
必要な際はお声がけください。

誰かが
「ここにいて」と望めば、
これほどの僥倖はありません。


手持ちの札は
無為な時間だったんだなーというオチ。

どんな理由であれ、無為が有為になるならば、
少なくとも私がここにいていい理由にはなるのではないだろうか。

手中に何かを収めたら、
失くすことを危惧するから、
手には何も持たなくてよかった。

それは失くすためではなくて、
失くさないためだったんだけど。

人もモノもなくなるんだー。と、
今さら知っても遅いやつ。

だよねー。
だよなー。

膝を抱いて、
扉を眺めて、
酒を飲んで、
酔いつぶれて寝る。

そろそろ酒もやめるかなと、
サボってみたら朝が早かった。

朝は嫌いじゃない、
むしろ好きな方なんだろう。
ただ、きちゃったなと思うだけ。

そろそろ
いろんなあれこれから
卒業しないとダメだよね?

泣きたい。
かもしれない。
泣く方法を知らない。

つらい。
かもしれない。
それを言う必要性を知らない。

悲しい。
かもしれない。
よくわかんない。
そんだけだけ。

どーしたいとかよくわかんない。
どーしてほしいってのは言ってくれればできるかも。

できることはしようかなあと思う程度に偽善者で、
自分のことはよくわからない程度に子供です。

年だけ食っても子供は子供のままなんだなと思う。

何も難しいことは考えない。
ただ信じていないだけだ。

それがなによりの癌だと知っているから、
くつがえすだけの根拠を待っているだけ。


思い通りにならないことは多い。
他人が絡むと尚更。

それを不満にも思わないし、
そんなもんだと思うだけ。

他人が絡むと精度が落ちる。
フィフティーフィフティーなら
まだましな方だと思おう程度に現実的。

不確定要素を回避したければ、
てめえができればいいだけじゃんと思ったのはいつだったか。

抱え込むつもりはないけれど、
フォロー可能な範囲でいたかった。
自分のフォローを誰かがしてくれるとも思わなかったし、
足らずをどう埋めればいいかとか、そんなことしか考えなかった。


ふと気が付くと困っていたけれど、
困ったよ。という人がいなかった。

なんんだか追いつめられていて、
ちょっとだけ泣きそうで、
「助けて。」と思ったときに、
助けてという人がいないや。と、
気が付いたのは随分と前だった気がするけれど。

いつまでもそこにいるなと思う。
いつまでここにいるんだろう。