月別アーカイブ: 2015年3月

【戯言】タイプ(なんてものは実はあまりない)

好奇心旺盛だといい。
型にはまらない人がいい。
型にはめたがらない人がいい。

ただ、自分の好きなことを笑顔で話してくれるといい。
突拍子もないことを時々言ってくれるといい。
目からうろこの知らないこととか。

ボクが突拍子もないことを言えば、
「何それ」だとか「馬鹿だな」だとか、
そんな感じで笑ってくれるといい。

ただお互いに、自分だったらこうするなって、
それぞれが好き勝手に自分のスタンスで語って、
それでもたまに「それもいいね」って笑いあえればいい。

理不尽とか感情的なのは苦手だから、
基本が論理的思考だといい。
基本だけでいいけど。

論理的にはこうだけど、
自分はこうしたいんだよね的なことでいいんだけど。
ただ基本はこうだよねって知っているだけでいいんだけど。

なんだかんだと書いてはみたけれど、
結局はどれも正しくて、どれも正しくないみたい。

その人がその人らしくて、
自分が自分らしかったら、
それでいいなと思う。
それがいいなと思う。

【恒例の】ひとり反省会【アレ】

結局、受動的なのがイカンのだなぁと思ったりするわけですよ。

受けることしかできないし、
比較的受け皿的にはできる子風味だったとしたところで、
誰にだって譲れない線やキャパシティーはあるわけですしね。

自分の所業は5文字で説明できる気がしていて、
単純に「かわりもの」ってことなんだと思うんだよね。

外で起きていること(たまに自分もそれに絡むけど)に左右されながら、
自分のアレコレであまり左右されないというのは、かなり楽なことだけれど、
サボってるといえばそうなのかもなーと思います。

世の中的に、しないし、できないし、しちゃだめ、と目されることに対する抵抗はあまりないけれど、
最終的に譲れない線は絶対に無理って、それも相当な裏切り?なのかも知れない。
もしくは簡単にいうと「理解不能」ってやつ。相手的に。

受けるだけ受けて、
自分のルールに抵触しないものは何もかも受けて、
最終的に息が詰まって破たんする。
そんな感じに生きている気しかしないのは、多分気のせいじゃない。

相手は受け入れられると信じているわけで、
唐突な拒絶が返ってきたって何が起きたかわからない。
そんなことはたくさんたくさん見てきた気がするから。

何でもできるのは、たぶん何にもできないと同義なのかななんて思う。