月別アーカイブ: 2015年4月

[戯言] 回路を切る

比較的ドライだったり、
割り切るのが得意だと思われがちだが、
どちらかというとかなりウェットで感傷的で執着が強く
小心なクセに無駄に八方美人な人間だと自負している。

それでもドライに見られてしまうのは
いったいなんでなのかなぁと考えてみるに、
おそらく対応できるからなんだと思う。

正直なところ、
別にドライではないけれど、
割り切った言動は可能である。

もちろんベストなのは
内面と外面がちゃんとリンクした状態で、
自分の中で納得して処理できることだと思う。

だけどいつもそれが可能だとは限らなくて。

では内面が伴わない場合どうするのか。
それは内面が傷つかないように壊れないように、
自分の中で物事と気持ちのリンクを切ってしまうのである。

したいかしたくないか好むか好まないかではなく、
事案として可能か不可能かとその方法論で考え、
ただただ作業として物事を処理することは可能だ。
そうやって淡々と、まるで他人事のようにすればいい。

そうすれば大概のことは対応できるし、
特に引きずることもなく、悲しんだり悩んだりせずに済む。

必要ならばにこやかに円満そうな対応だって可能だ。
もはやそれって対応であって人付き合いじゃないけど。
一度切ったリンクは余程のコトがないと繋げないんだけど。

そのあたり、わかって関わってくれると助かるんだけどな。
気持ちを求めるなら最初からメンタル面を優先できないのかしら。