若い時の苦労、老いた時の苦労

なんつーか、買ってでもはさて置き、
すれば幅ができる程度の話じゃねーの?

買いたい人なんて、老若男女に関わらず居ないと思うんだけど。


買うかどうかはさて置き、
耐性や柔軟性、立て直す余力が有るときにすれば良い。

経験がクッションになったりするのも真実なので、
時期によらず出来る時にすればいいだけの話だと思う。

年齢性別により、多少の変動はあれど、
他人に諭すほどの何物をもオレは持たないし、
もし持ってる気がしたならば、それはただの傲慢だよなという気がする。

経験や思考を軽んじる気はないけど、
所詮それって自分のもんだし汎用性なんてきっとないかなって。

誰かが何かを真剣に考える際に、年とかあんまり関係ないよ。と、そんな風に思ってる。

流石に相当年齢の若い人に食ってかかろうなんて気は起きないし、
若干生暖かい心持ちにもなるんだけど、まぁそれも傲慢なんだと思う。

優位に立った気なんて、ただの気のせいであり、
受け取る情報に対する遮断や自己を守るためのなんじゃないですかね?

「本当」は稚拙さによらないんだと思う。
濁りが少ない分だけ、拙いほど本当に近いのかもしれない。

経験には価値があると信じているけど、
付けないだけで「自分の」とか「個人の」とかはつくんだと思うから、
どんな経験であっても訳知り顔で他人に説くような威力なんて多分ない。

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